II.意識革命はコミュニティ段階で分権委の中間報告の地域、住民に対する記述として、たとえば「地方分権型行政システムに期待される効果分権型社会の姿」の一文を引用してみる、国地方の関係が上下・主従の関係から対等・協力の関係に変わることで、知事、市町村長や地方一議会が変化を遂げ、「地域住民による各種の新しい運動の展開を促し、自治への住民参加を促すことになるはずである」と。
分権化時代でのコミュニティについての記述と考えたい。コミュニティという表現は、まだまだ馴染んでいない、ここに出てくる市町村をさすものか、また地域住民の活動体なのか、この稿では、いずれとも限定せずにおきたい。
中間報告は、分権化時代のコミュニティについて、さらに語り継いでいる、地方自治体の行政サービスは地域住民のニーズに即応して個性的なものになり、地方自治体が意欲と知恵と能力を競い合う状態をつくり出す、「地方自治体が優先して推進する政策には大きな差異が生じることになりうるが、それは究極において地域住民自らによる選択の帰決なのである」と。コミュニティ意識が問われるのであろう。
住民が、この“差異”に我慢できるのか。コミュニティがこの大きな“差異”を容認できるのか。そこが問われる、過去の中央集権体制の下では画一性、均一性に慣れてしまっていた。政治・行政は、大きな差異を認めがたいという風潮の中で運営されていたのである。
この点についての意識の転換が極めて重要となった社会経済生産性本部の民間政治臨調は、平成4年末、他に先駆けて「地方分権への提言」を公表、その中で「等しからずを憂えず」との表現で、“差異”がありますよ、大変ですよ、と指摘した、民間政治臨調の提言は、「分権革命」という言葉をつかって、鋭い内容の中央一地方の機能分担・役割のあり方の転換を求めた何よりもそこに住民の意識革命が必要であると指摘した、この表現は「等しから“ざる”を憂えず」でいいのかもしれない。このキーワードによって均一主義と付和雷同性を厳しく排斥している。成熟したコミュニティを期待するものといえよう。
「分権化社会」は、コミュニティの理想的なあり方と、同じメダルの表裏の関係といっていい。まちづくり、都市づくりにとって、コミュニティ意識の存在が欠かせない=そしてまた分権化社会というものの実現を求めてやまないと見たい。
III.ニューラナークに学べば……
コミュニティのあり方はどこに、イギリスはスコットランド地方のニューラナークというまちで見た、山間のまち。産業革命時代に紡績工場がつくられた。日本で“空想的社会主義者”と呼ばれたロバート・オーエンの開設。緑の中に、落着いた赤レンガの建物群が並ぶ。繁栄を誇った工場も、産業構造の変化とともに閉じてしまった。
一時は廃虚となった町に、1980年代、「ニューラナーク保全トラスト」がつくられて住宅都市として再生を図った。イギリスでは、自治体と専門家と企業と住民とで構成する「シビック・トラスト」が地域再生、都市再牛の主役をつとめる例は多い、ニューラナークの保全トラストも、その変型といえる。
見渡すかぎりの風景は変わらない。だが、中に入れば、さまざまに変容している。工場部門はホテル、また小中学生に産業革命時代の紡績工業を教えるための博物館的なものに、労働者の住宅棟は外観をそのまま、室内は近代的な住宅へと。水力発電も復活した。
確かに、明るく楽しいまちへと生まれ変わりつつある、でも、こんな過疎のまちに入居者がいるのだろうか、疑問をもったが、優れた思想家・哲学者・経営者の偉業を偲ぶ人たちが集まってくるという。
ロバート・オーエンは、世界で初の保育園、初の生活協同組合をつくり、初のサマータイムを実施した。ひっくるめて世界で初めての“生涯学習”を実践した、その理想に共鳴した人々で少しずつ改造住居を埋め、コミュニティをつくる。それが呼び水効果となってまた新改造住宅に入居がある。新しいフロンティア都市の“製造法”である。
イギリスのニュータウンも、同じような手法で、まちへと仕立てあげられる。都市の骨格は、計画として全体像を描いておくが、その建設は部分的、段階的に進めていく。ある区画に住宅用地をつくり、職住近接の工場とかマーケットとか保育所を建てる。入居者を募る、そこで出来あがったコミュニティを基盤に、次の区画へ、という手順である。
ニューラナークでは、工場も倉庫

 

 

 

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